<特別コラム>喜多郎と宗次郎~似てる?似てない?徹底比較!!(前編)

<特別コラム>喜多郎と宗次郎~似てる?似てない?徹底比較!!(前編)

 この度連載しましたブログ記事「宗次郎さんの音楽との出会い~そして、素晴らしき音楽の世界へ」の第4話で、宗次郎さんと共に、僕が大きな影響を受けた音楽家の一人として名前を挙げて紹介しました、喜多郎さん。
 グラミー賞受賞者で世界的なシンセサイザー奏者の喜多郎さんも、日本を代表するオカリナ奏者で第一人者の宗次郎さんも、ヒーリングニューエイジ音楽の代表的アーティストとしての地位を築いておられますが、なぜだか巷では、このお二人、非常によく混同されます。

 癒し系音楽が好きで、お二人の作品に親しんでおられるファンの方は、違いはよくわかっておられて、詳しくご存知だと思うのですが、他のジャンルの音楽愛好家の方や、それほどニューエイジ音楽に詳しくない方だと、このお二人、よく間違われてごっちゃにされてしまったりします。
「音楽のキタロー?ああ、あのオカリナ吹く人ね。」とか、「ソウジロウ?その人、アメリカに住んでる人でしょ?」とか言われたり…。

 喜多郎さんと宗次郎さんは、果たして似ているのか?それとも似ていないのか?なぜ混同されてしまうのか?

 お二人のことやお二人の音楽のことをよく知る身として、様々な面から考証し、前編・中編・後編の三回に分けて、徹底比較してみたいと思います。
 喜多郎ファンの方も宗次郎ファンの方も、どうぞ楽しんでお読みください!


<比較その①:外見>
 人と人が似ているか似ていないかの一つの大きな判断基準が、外見・容姿になるかと思います。
 実はこのお二人、2011年11月5日のコンサートで共演されておられて、その際の模様を、宗次郎さんの当時のマネージャーの方がブログに書いておられます。
お千代のブログ「夢のコラボレーション」http://ameblo.jp/ochiyo-blog/entry-11075428082.html

 このブログ記事に、お二人が並んで写っている写真がありますので、まずはこちらのリンクよりご覧下さい。(→http://ameblo.jp/ochiyo-blog/image-11075428082-11604816397.html

 ご覧いただけましたでしょうか?
 左の黒い服の人が喜多郎さん、右の白い服の人が宗次郎さんです。

 見比べると、お二人の共通点としては、長い髪とヒゲが挙げられます。

 まず髪ですが、宗次郎さんは基本的に後ろで縛っておられるスタイルで、ほどいた状態はほとんど見受けられません。(アルバム『静かな地球の上で』や『オカリナエチュード4~チャーチ』の頃に、ほどいた姿でCDジャケット・解説書に写っておられますが、この時期の頃だけにしか見られませんでした。この時期以外は常に後ろで束ねておられます)

 対して喜多郎さんは、普段は後ろで束ねておられたりしますが、ほどいた姿で写真に写っていることも多いです。コンサートの時も基本的には束ねずに、ほどいた姿で演奏されておられます。

 ですので、お二人を外見で見分ける際の大まかなポイントの一つが、髪をくくっていれば宗次郎さん。束ねていなければ喜多郎さんということになります。
(面白いことに、上記の宗次郎さんが髪をくくらずに写真に写っておられた時期、2001年前後の頃ですが、逆に喜多郎さんは髪をくくっておられることが多かったです。たまたまなのか、実はお二人で示し合わせて髪型を入れ替えたのか?真相は謎です)

 次にひげですが、喜多郎さんは口ひげ・あごひげともに、きちんと整えられています。特にあごひげは、きれいに逆三角形の形に整えられていて、そこから察するに、中々几帳面な性格なのかもしれませんね。
 対して、宗次郎さんは、口の周りを囲む感じの無精ひげっぽいひげです。
 お二人を外見で見分ける際の大まかなポイントの二つ目が、整えられたひげだと喜多郎さん。無精ひげっぽいひげなら宗次郎さんです。

 また、日本人の顔立ちは大きく分けて、縄文系と弥生系に分かれるそうですが、宗次郎さんの方が眉やひげが濃く、どちらかというと縄文系。喜多郎さんは弥生系の顔立ちな気がします。
 たしかに一見すると、外見が似ているように思えるお二人ですが、見慣れればこういった感じで、ちゃんと見分けることができ、厳密にはそっくりとまでには似ているとは言えないのではないかと思えるのですが、いかがでしょう?

 さて、外見上でお二人を見分けられるようになったところで、次は人物にフォーカスを当ててみたいと思います。


<比較その②:人物>
 ここでは、お二人のプロフィール、ライフスタイルなど、人物像を比較してみたいと思います。まず、お二人の出身地と生年月日です。

喜多郎さん:愛知県豊橋市出身。1953年2月4日生まれ。
宗次郎さん:群馬県館林市出身。1954年10月10日生まれ。

 喜多郎さんの方が一歳年上ですね。出身地はそれぞれ愛知県と群馬県。お二人とも実家は農家だそうです。
「えっ!喜多郎と宗次郎って、兄弟じゃないの!?」と思われた方もおられるかもしれません。なぜだかこのお二人、兄弟だと思われて勘違いしている方もたまにおられたりしますが、全くの他人です。

 お二人とも芸名で、本名は、喜多郎さんが“高橋正則”、宗次郎さんが“野村宗次郎”です。
 宗次郎さんは、本名から名字を外して芸名にしたパターンですね。
 喜多郎さんは、高校時代のニックネームがもとになっているそうです。
(高校時代に髪の毛を長く伸ばし始めて、その長髪の風貌が、ゲゲゲの鬼太郎っぽいという所から“キタロー”と呼ばれるようになり、芸名にする際に“鬼”では縁起が悪いので、“喜びが多い”と、より良い意味の漢字を当てて名前にしたそうです)

 このように、出身地や家系は全く異なるお二人ですが、音楽業界に入るきっかけ、出世作、ライフスタイルにおいては、非常に多くの共通点が見られます。
 おそらくお二人が似ていると思われてしまう要素が、ここにあるのではないかと考えられます。

 喜多郎さんも宗次郎さんも、ある一人の音楽プロデューサーに見出され、デビューを果たされました。
 サウンドデザインというレコード会社の、南里高世(TAKA NANRI)さんです。

 まさに、日本のヒーリング・ニューエイジ系音楽の草分け的なレーベルと名プロデューサーですが、この南里さんによって、お二人とも人気アーティストに育て上げられました。
 ですので、喜多郎さんも宗次郎さんも、元々はサウンドデザイン所属アーティストとして活動され、その後独立し、現在の活動にと至っています。

 そして、そのサウンドデザイン時代に、お二人とも代表作となる作品を生み出されました。
 それが、NHK特集(現NHKスペシャル)の音楽です。

 まず喜多郎さんが、1980~84年にかけてNHK特集『シルクロード』の音楽を担当し、シンセサイザーという最先端の楽器を駆使しつつも、郷愁と西域への浪漫を感じさせる美しい音楽で、一躍脚光を浴び、ブレークしました。

※NHK特集『シルクロード』テーマ曲
(喜多郎さん所属レーベル・DomoMusicのYouTubeチャンネル・公式動画)


 それに続き、宗次郎さんが1986年に、同じくNHK特集『大黄河』の音楽を担当し、注目され、オカリナの世間での認知度を一気に高めました。

※NHK特集『大黄河』テーマ曲
(サウンド・デザインYouTubeチャンネル・公式動画)


 この『シルクロード』と『大黄河』、ともにお二人を支えられたのが、南里高世さんでした。

 デビュー&ブレークしたのは喜多郎さんの方が先で、宗次郎さんの方が、サウンドデザインの後輩アーティストということになりますが、二人とも同じプロデューサーによる同一レコード会社出身のアーティストであることと、日中共同取材による中国をテーマに扱ったNHKの番組によって、世間的に認知されたということは、大きな共通点であると言えます。
(ちなみに、デビュー作となった1stアルバムを出した年は、喜多郎さんが1978年『天界』、宗次郎さんが1985年『グローリー・幸福』でした)

 一般的には『大黄河』よりも『シルクロード』の方が、知名度は上かもしれませんが、何となく仙人みたいな風貌で、NHKの中国を扱った番組の音楽を作った人ということで、お二人を混同してしまう方も多いようです。

 “仙人みたいな”と書きましたが、そのライフスタイルも共通点があります。
 お二人とも人里離れた山奥に住んでいて、自然の中で音楽をしている、といったイメージを一般的に持たれており、そこからお二人を混同してしまうということもあるようです。
 実際に、お二人とも自然豊かな環境に身を置いて、曲作りをされているのは事実ですので、この点は似ていると言えますね。

 お二人が今までに活動の拠点としてきた場所を紹介しますと、宗次郎さんは群馬県館林市で生まれ育った後、高校卒業後は、アルバイトをして貯めたお金で、日本各地に理想の土地を探して旅をされ、北海道の農家や山奥の温泉などで住み込みで働いた後、栃木県田沼町飛駒(現佐野市)の山中にて、オカリナ奏者・制作者の火山久さんに弟子入り。三年間修業した後に、栃木県茂木町のわらぶき屋根の空き家に移り住む。その後、そこから程近い廃校となった小学校跡地に移り、オカリナ制作の工房を作り、オカリナ作りと演奏活動に勤しむ中、1985年にレコードデビュー。その後は茂木町から茨城県常陸大宮市に移り、現在は“オカリーナの森”を拠点に活動されています。

 一方、喜多郎さんは、愛知県豊橋市に生まれ育ち、高校卒業後、名古屋でバンド活動をしたのちに上京。東京では、主に土木工事や港湾作業などのアルバイトをしながら音楽活動され、バンド“ファー・イースト・ファミリー・バンド”の一員として世界中を旅され、バンドを抜けてソロ活動に入り、ソロデビュー。富士山麓や鎌倉を拠点にした後、長野県八坂村(現大町市)の山奥の古い民家をスタジオに改造して拠点とし、シルクロードのサントラなど数々の名曲を生み出されました。その後も、日本で活動する際には、この長野の家を拠点にされているそうですが、90年代以降はアメリカをメインの活動拠点にされています。
 アメリカでは、コロラド州ボルダーのロッキー山脈標高2800mの山上を拠点に活動後、2006年からは、カリフォルニア州のサンフランシスコ近郊の田園地帯の町セバストポールを拠点にされています。

 こうしてみると、宗次郎さんは一貫して、山の中や自然の中を拠点にされておられるのに対し、喜多郎さんは都会暮らしの経験もあり、都会からどんどんと山奥の方へと拠点を移して行き、現在は再び、人里におりて来たといったところでしょうか。
 ただ、やはり長野やロッキーといった山の上を拠点にしているイメージが、一般的には強いので、お二人とも仙人暮らしをしている音楽家といったイメージでとらえられて、混同されてしまいがちなようです。

 そして、主に自然からインスピレーションを受けて、音楽を作っておられるスタンスも共通しており、その辺りも、似ているととらえられてしまう部分なのかもしれません。

※2017年8月の、喜多郎さんの福知山コンサートの際には、直にお会いすることができ、握手もしていただけました。その際のブログ記事より、以下に抜粋して記載します。
 
 この度のコンサートで、喜多郎さんにお会いすることができ、今年は喜多郎さんと宗次郎さんのお二人ともに、直接お会いし、握手していただくことが叶ったわけですが、直にお会いして握手を交わして思ったことは、お二人は大分、人物像というか性格が違うなと感じました。
 よく巷ではごっちゃにされてしまう(汗)お二人ですが、全く違う雰囲気を持っておられると思いました。

 宗次郎さんは、その音楽そのもので、純朴で穏和な山の人という感じの方でしたが、喜多郎さんは、たぶんかなり体育会系な方なんじゃないかなと。
 その音楽は一見、癒し系と思われがちですが、実は熱血漢で、熱い情熱を心に秘めておられるなあと。握手した時に、すごく心の力強さを感じるなと思いました。
 それと、喜多郎さんは何となく、割と頑固な職人肌タイプの方なのかもしれないですね。
 もっとも、普段はとても優しくて気さくな方で、笑顔でフレンドリーな人柄なのですが、宗次郎さんと比較して、何となくそんな気が伝わってきました。
 
 でも、直接お会いすることができて、喜多郎さんも宗次郎さんも、本当に素晴らしいお人柄の方達で、その人柄が音楽に現れて、聴く人に力や癒しを与えるんだろうなと思いました。
 やはり、人間性というのは、音楽家としてとても大事なんだとつくづく感じました。


 次回、「喜多郎と宗次郎~似てる?似てない?徹底比較!!(中編)」では、お二人の音楽性を徹底比較してみたいと思います。


<特別コラム>喜多郎と宗次郎~似てる?似てない?徹底比較!!
(目次・リンク)

前編…比較その①:外見、比較その②:人物

中編…比較その③:音楽性

後編…〇〇〇の〇〇郎犯人説、比較その④:知名度・その他、おすすめ作品紹介、比較おまけ

tag : 宗次郎 喜多郎

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アシタツ Ashitatsu

Author:アシタツ Ashitatsu
音楽家:作曲家、ヒーリング・ホイッスル奏者、キーボード奏者

【演奏楽器】
ティン・ホイッスル
ロー・ホイッスル
キーボード・シンセサイザー

1977年生まれ。
大阪府出身。
大阪芸術大学音楽学科卒業。

ヒーリング・ホイッスル(ケルトのホイッスルによる癒し系音楽)の楽曲制作・演奏を中心に活動。

◎専門音楽ジャンル:ヒーリング・ニューエイジ

◎歴史・史跡巡りが趣味

◎大阪府の郊外(奈良県寄りの田舎の方)在住。

◎オリジナル曲での主なテーマ:近畿・北陸の自然や歴史をテーマにした作品。
(自身は大阪府出身の関西人だが、母方の家系が福井県出身で、2分の1北陸人の血が流れていると自負)

◎尊敬する影響を受けた音楽家:宗次郎、喜多郎、姫神(星吉昭)、久石譲など

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