宗次郎さんの音楽との出会い~そして、素晴らしき音楽の世界へ<第1話>

「宗次郎さんの音楽との出会い~そして、素晴らしき音楽の世界へ」
<第1話>

 宗次郎さんのCDの紹介や、宗次郎さんの音楽のことを語る前に、僕自身の、宗次郎さんの音楽との出会いのことや、その後受けた影響、そして音楽の道に進む大きなきっかけとなったことなどを書いてみたいと思います。(全12話予定)

 オカリナ奏者の第一人者で、日本のヒーリング・ニューエイジ音楽の代表的アーティストとして活躍されておられます宗次郎さん。(宗次郎さんの詳しいプロフィールやオカリナについては、こちらの宗次郎さんのホームページをご覧ください→http://sojiro.net/contents/profile_sojiro.html

 僕が最も尊敬する音楽家の一人であり、僕が音楽の世界へと進む、大きなきっかけを与えてくれたのが、宗次郎さんの音楽でした。

 宗次郎さんの音楽と出会ったのは、中学生の頃でした。

 僕は母親がエレクトーンの講師をしていたことから、幼少時より音楽に親しみ、楽器はハーモニカを好んで、よく吹いていました。
 聴く方でも、母親が持っていたクラシックのレコードや、喜多郎さんのシルクロードのテープなどをよく聴いていました。(子供の頃から、どちらかというと、静かな曲やヒーリング的な音楽を好んでいたようです。そういう意味では、宗次郎さんと共に喜多郎さんの音楽も、僕の原点と言えます)

 こうして音楽に親しみを持ってはいたものの、あくまで趣味として楽しんでいた感じで、本格的に習い事として音楽を学ぶという姿勢は特にありませんでした。
 母親も、無理にエレクトーンや音楽を教え込んで、嫌になってしまうよりは、自然に好きになってくれた方がいい、そして本気で音楽を学びたいと心に決めた時に、教授をした方がいいという考えだったようです。

 そんなわけで、ハーモニカやリコーダーを吹いたり、時にはエレクトーンの鍵盤を、適当に弾いて音を鳴らしては、遊んで楽しむ程度で、本格的に音楽理論やソルフェージュなどを学ぶことなく、子供の頃を過ごしました。(とは言え、こういった子供の頃の、音楽を心から楽しむ体験が、その後の大きな糧となっている気がします)

 また、小学生の頃は、ベートーヴェンやシューベルトといった、作曲家の伝記を読むのが大好きで、僕も大きくなったら作曲家になりたいなあ…などと秘かに憧れていたこともありました。

 一方で、子供の頃より、漠然としたイメージではありましたが、何かこう、大自然の中で笛(管楽器)を演奏するということに、強い憧れのようなものを感じていました。(小学校の図書室にあった、手塚治虫さんの漫画の中で、動物たちに囲まれて笛を吹く、といった描写の絵を見て、純粋にカッコいい!と思ったのがきっかけだったかと思います。たぶん『ハトよ天まで』だったような気がしますが、どの作品かは正確には覚えていません…)

 中学生のある日、僕のそんな憧れのことを知ってか知らずか、母親がある一人の音楽家のことを紹介してくれました。

 その音楽家こそが、オカリナ奏者・宗次郎さんでした。

<つづく>

tag : 宗次郎

宗次郎さんの音楽との出会い~そして、素晴らしき音楽の世界へ<第2話>

「宗次郎さんの音楽との出会い~そして、素晴らしき音楽の世界へ」
<第2話>

 大自然の中で笛を吹くことへのあこがれを心に秘めつつ、専門的な音楽教育は受けずに、ただ音楽を純粋に楽しむ心を育みながら、中学生となっていた僕に、母親が紹介してくれた、ある一人の音楽家。

 オカリナ奏者の宗次郎さん。

 きっと僕が気に入るだろうと、TV出演時の宗次郎さんの演奏をビデオに録っておいて、見せてくれました。

 当時(1992年)、関西テレビ(フジテレビ系列)の番組で、毎週土曜日の朝に、「土曜大好き830」という、板東英二さんが司会を務めるワイドショー番組が放送されていました。
 いろんなゲストとトークをしたりする内容でしたが、その中で、季節ごとに宗次郎さんが北海道や四国などの大自然を訪れて、オカリナの演奏をするという旅番組仕立ての企画がありました。

 僕が見たそのビデオは、秋の知床への旅で、一面のススキの原野の中で宗次郎さんがオカリナを演奏し、遠く草原の中では、シカなどの野生動物が、その音色に耳を傾けて聴いている姿が映し出されていました。

 わずか2~3分程の映像でしたが、僕に強い衝撃と大きな感動を与えました。
 これが、僕が初めて聴いた、宗次郎さんのオカリナでした。
 
 この宗次郎さんのオカリナの音色が、僕の音楽人生を変えました。
 
 今でも、この時に受けた大きな感動は、すぐに思い出せるほど、心にしっかりと刻まれています。
 この時の映像で聴いた宗次郎さんの音楽こそ、僕があこがれ、理想とするような音楽そのものでした。

 すぐさま、宗次郎さんのCDを買い、毎日毎日聴くようになりました。
 
 この時に買ったのが、アルバム『木道』でした。このCDが、人生で初めて買ったCDです。
 
 もちろん、自分でもオカリナの演奏に挑戦したいと考え、始めは入手しやすいナイト製のオカリナを買い、毎日練習するようになりました。
 その後、よりピッチの安定したアケタ製のオカリナを入手し、毎日毎日吹きまくっていました。

 宗次郎さんのCDも、小遣いをためては次々に購入し、まさに宗次郎&オカリナ漬けの日々を過ごしました。

 そんな中、もっと音楽のことを知りたい、学びたい。そして自分でも曲を作ってみたいと考えるようになり、楽典や作曲法などを、独学で自己流に学び始めました。

 そして、高校一年の秋、初めて宗次郎さんのコンサートを訪れ、ついに宗次郎さんの生演奏を目にする日がやって来ました。

<つづく>

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※関西テレビ『土曜大好き830』の、宗次郎さんの旅企画は、その後ビデオ化されて発売されました。
 こちらがそのビデオ『木 風 水』。
 後年に入手したものですが、宗次郎さんによる大自然の中での生演奏は、4曲だけ収録されています。(「大気~秋の四万十川にて演奏」「凪~秋の知床二湖湖畔にて演奏」「水心~冬の知床・神の子池にて演奏」「朝~春の栃木・那珂川にて演奏」の4曲)
 あとは、宗次郎さんの曲(『木道』『風人』『水心』の自然三部作より数曲)がCD音源のままBGMとして使われている、旅の映像集となっています。
 残念ながら、僕が初めて聴いて感動した、ススキの原野での演奏は収録されていませんでした。(吹いている姿のみが映っていました)

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※わが人生で初めて買ったCD『木道』と、よく吹いていたアケタ製オカリナ。
 ブックレットには、宗次郎さんの写真などのカードが封入されていて、見た目も豪華で毎日聴くほどお気に入りのCDでした。

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宗次郎さんの音楽との出会い~そして、素晴らしき音楽の世界へ<第3話>

「宗次郎さんの音楽との出会い~そして、素晴らしき音楽の世界へ」
<第3話>

 北海道の大自然の中でオカリナを吹く宗次郎さんの姿と、その音色に大きな感動を受け、オカリナや音楽のことを真剣に学び始めた僕。

 時は1993年9月28日火曜日、午後6時30分。大阪・厚生年金会館大ホール。
 
 僕は、宗次郎さんのコンサート『水心』コンサートツアー“水府大演奏旅行”大阪公演の会場にいました。
 生まれて初めて生で見る、宗次郎さんのコンサートでした。

(この年、宗次郎さんは、アルバム『水心』の発売に合わせて、9月24日から12月26日にわたり、全34公演の大規模なコンサートツアーを実施されました。)

 コンサートが始まり、シンセサイザーによる鳥のさえずりのSEをバックに、宗次郎さんが吹くオカリナの音色が流れてきました。曲は「水心」でした。

 この時のコンサートの曲目は、覚えている範囲で書くと、アルバム『水心』の全曲と、アルバム『木道』から「木道」、アルバム『風人』から「鳥たちの森で」「林をくぐりぬけて」。そして翌年のアルバム『鳥の歌』に収録することになる「マイムマイム」「4つのフィンランド民謡」といった曲目でした。自然三部作を中心とした選曲だったと思います。

 初めて聴いた宗次郎さんのオカリナの生演奏。この時の「水心」の音色は、いまだに耳に残っている気がします。あこがれの宗次郎さんの音色を聴いている…。多感な高校一年の僕にとって、夢のような2時間を過ごしました。

 同じ年の10月、再度大阪で宗次郎さんがコンサートをされることを知りました。
 四天王寺での奉納コンサート。こちらは入場チケットは抽選のみでしたが、運よく当選しました。

 1993年10月25日。
 秋の夜、空気が少し冷え込んでくる中での、四天王寺・野外コンサートでした。

 ライトアップされた四天王寺の伽藍をバックに、秋の凛とした空気の中を響き渡る、宗次郎さんのオカリナの音色…。
 曲目は一か月前に、厚生年金会館で聴いたものと全く同じ内容でしたが、屋内と野外とでは大きく異なる雰囲気に、さらなる感動を覚えました。コンサートホールもいいが、野外(特にお寺や神社のような、歴史を感じさせる会場)では、もっといいと思いました。

 まぶたを閉じれば、この時の、四天王寺の仏像をバックに「水と土への祈り」を演奏する、宗次郎さんのお姿が思い出されます。

 この年(1993年)、宗次郎さんは、アルバム『木道』『風人』『水心』の自然三部作で日本レコード大賞企画賞を受賞されました。現時点でも、日本レコード大賞を受賞した唯一のオカリナ奏者となっています。

 宗次郎さんのコンサートでの感動を胸に、オカリナの練習や音楽の勉強に、さらに身が入るようになって行きました。
 
 やがて高校2年生になった頃、僕の心の中で、少し変化が現れてきました。

<つづく>

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※生まれて初めて行った、宗次郎さんのコンサート“水心コンサートツアー”のパンフレットとチケット。
 1993年でしたので、もう、20数年前のものですが、大事に保管してあります。
 パンフレットは、水心のCDジャケットと同じく、北海道の神の子池での宗次郎さんの写真の他、森を散策しているところや、カヌーに乗っているところの宗次郎さんの写真、そして、宗次郎さんの詩などが載っています。
 ちなみに、チケットの座席は、1階O列41番となっています。たしか、真ん中あたりのやや後ろ寄りの席だったような気がします。

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※パンフレットの巻末の方には、「味わいをたずねて、水を想う。」と題した、宗次郎さんと蕎麦屋・村屋東亭のご主人、渡邊維新さんとの対談が載っています。水心のテーマが水でしたので、それに合わせて、蕎麦打ちを見学し、蕎麦を食べながら水のことに思いをはせる、といった趣旨のようです。それにしても、宗次郎さん、蕎麦がかなり好物なようですね。

tag : 宗次郎

宗次郎さんの音楽との出会い~そして、素晴らしき音楽の世界へ<第4話>

「宗次郎さんの音楽との出会い~そして、素晴らしき音楽の世界へ」
<第4話>

 宗次郎さんのオカリナの演奏への感動をきっかけに、楽器を奏でる楽しさ、音楽を学ぶ楽しさに熱中していく僕。
 
 高校2年生になった頃、少し心の中で変化が生じてきました。

 それは、オカリナ以外の楽器への興味、宗次郎さん以外の音楽家への興味、楽器を演奏するだけでなく曲を作ることの楽しさの芽生え、そして、僕も宗次郎さんからもらったような感動を、他の人にも与えられるような音楽家になりたいと夢が膨らみました。

 オカリナを吹いている内に、雰囲気や音色がよく似ている、色んな民族楽器の笛や様々な民族音楽にも興味が湧いてきました。

 その一つが、アンデスの笛・ケーナでした。
 オカリナとともにケーナのことも勉強し始めて、またシンセサイザーにも興味が湧いてきました。

 様々な笛や楽器に興味が出て来たものの、いわゆる普通の吹奏楽器(フルートとかクラリネットなど)には、それほど興味は出ませんでした。
 やはり、メカニック(キーとか)が一切ない、ただ穴を開けただけのシンプルで、素朴なつくりの民族楽器が好きだったのだと思います。

 一方、CD屋さんに通い、何度か宗次郎さんのCDを買う内に、自分が好んで聴いているような音楽が、“ニューエイジ・ミュージック”と呼ばれるジャンルの音楽であることを知りました。

 宗次郎さんのCDを探すと同時に、同じジャンルのコーナーの棚に並んでいる、他のアーティストの作品にも興味が出て、色々と聴いていくようになりました。

 CD屋さんで、宗次郎さんのCDが置いてある棚には、大抵、喜多郎さんのCDも一緒に置いてありました。

 喜多郎さんは、小学生の頃からシルクロードの音楽に親しんでいたので、宗次郎さんのCDと同じように買い集めるようになりました。『飛雲』や『天空』『古事記』といったアルバムをよく聴いていました。

 さらに、同様にニューエイジコーナーの棚に並んでいる、他のアーティストのCDも、聴いたり集めたりするようになりました。

 例えば、東北に根ざしたシンセサイザー音楽を発表していた姫神星吉昭)さん。宮崎駿アニメをはじめとした数々の映画音楽で活躍されていた久石譲さんなども、好んで聴くようになりました。

 宗次郎さんのコンサートに行って、生演奏にふれる喜びを知ってしまっていたので、この年(1994年)には、喜多郎さんや久石譲さんのコンサートに足を運びました。

 その結果、この頃にはオカリナの演奏だけでなく、作曲やキーボードの演奏、民族音楽なども真剣に学ぶようになり、本格的に音楽系の大学に進み学びたいと決心しました。
 そして、自らもニューエイジ・ミュージックの音楽家となり、多くの人に感動を与えられるようなアーティストになりたいという夢を抱きました。

 そのことを両親に伝え、エレクトーン講師であった母親に師事し、音楽理論、ソルフェージュ、鍵盤楽器演奏法などを本格的に学び、受験に向けて特訓の日々が始まりました。

<つづく>

tag : 宗次郎

宗次郎さんの音楽との出会い~そして、素晴らしき音楽の世界へ<第5話>

「宗次郎さんの音楽との出会い~そして、素晴らしき音楽の世界へ」
<第5話>

 宗次郎さんの音楽との出会いがきっかけとなり、民族音楽やニューエイジ・ミュージック全般を好きになって行き、オカリナの演奏から、作曲や鍵盤楽器演奏も本格的に学び始めた僕。音楽系大学を目指して奮闘する日々が続いていました。

 ただ、いくつかネックがありました。

 当時、音楽の大学は、クラシック音楽や現代音楽を学ぶカリキュラムの学校がほとんどで、僕が志すニューエイジ音楽を学べるような、自由な学習環境の学校を探す必要がありました。
 また、入試でクラシックのピアノ演奏の実技試験が課されるのが通常だったため、オカリナ・ケーナの演奏や、鍵盤楽器とはいえエレクトーンしか弾いたことがなく、ポピュラー音楽の理論に基づいた演奏しかできない自分が、受験できる学校を探す必要がありました。

 それらの条件を満たす学校が、大阪芸術大学の音楽学科でした。

 今でこそ、クラシック以外のジャンルの音楽や、ピアノ以外の楽器を演奏する人にも、広く門戸を開いて、受け入れている音楽系大学は多くなりましたが、当時は大阪芸大くらいで、稀少な存在でした。そういう意味では、時代を先取りしていた大学だったと言えます。

 オープンキャンパスで大阪芸術大学を訪れ、南河内の山々が一望でき、豊かな自然に囲まれた環境と、自分が学びたいジャンルの音楽を自由に追求できる学習環境に惚れ込み、志望校に決めました。(とは言え、入試では音楽の専門試験・音楽理論や基礎的な実技試験が課されるので、引き続き音楽の勉強に取り組みました)

 受験勉強の一方で、オカリナやケーナも練習し、高校3年生になりました。

 そして、1995年春。宗次郎さんがオーケストラと共演するコンサートが開かれると知り、足を運びました。

 1995年4月28日金曜日、大阪ザ・シンフォニーホールへ。
 僕が聴きに行った、通算3度目の宗次郎さんのコンサートです。

 この日、宗次郎さんのオカリナによる、世界初のオカリナ協奏曲「INTO THE SILENCE」の初演コンサート『風・大地・緑の歌』が開催されました。

 そのオカリナ協奏曲の他、アルバム『木道』などから、宗次郎さんのオリジナル曲のオーケストラアレンジバージョンや、オカリナ&オーケストラ版「コンドルは飛んで行く」などが演奏されました。

<この日のコンサートの曲目>
・星ふる夜に(宗次郎作曲、岩代太郎編曲)
・交響詩『自然との対話』(宗次郎作曲、岩代太郎編曲:自然三部作の曲をもとに、岩代太郎さんによる交響詩化・オーケストラアレンジ版)風人~月の下で~凪~故郷の原風景~水の妖精~風人~水と土への祈り
・交響詩『中央アジアの草原にて』(ボロディン作曲:原曲の管楽器のパートを宗次郎さんのオカリナが担当)
コンドルは飛んで行く(ダニエル・アロミアス・ロブレス作曲、伊藤辰雄編曲)
・交響詩『わが祖国』より「モルダウ」(スメタナ作曲:原曲のまま。宗次郎さんは演奏には参加せず休憩)
・オカリナ協奏曲~静寂の中へ『INTO THE SILENCE』(岩代太郎作曲)

 このオカリナ協奏曲「INTO THE SILENCE」を作曲されたのは、後に大河ドラマ『葵・徳川三代』『義経』や、朝ドラ『あぐり』、映画『レッド・クリフ』などの音楽で大活躍される、作曲家・岩代太郎さんでした。

 フル・オーケストラの中で響き渡る、宗次郎さんのオカリナの音色も見事でしたが、何より、岩代太郎さんの壮麗なオーケストレーションの素晴らしさに心打たれました。

 この頃を境に、僕はオカリナをあまり吹かなくなり、作編曲の方をより重点的に学んでいくようになりました。

 宗次郎さんのCDや、民族楽器の笛の音色は相変わらず大好きでしたが、オカリナの演奏者としては、自分に限界を感じるようになりました。
 僕の中で、宗次郎さんのオカリナがあまりにも偉大すぎて、自分自身のオカリナの腕前が、どんどん上手くなってきていたとしても、その音楽性や演奏上の表現・テクニックは、あくまで宗次郎さんのコピーでしかなく、そんな宗次郎さんの影響下でしかない自身のオカリナの演奏を続けて行くよりも、音楽家を目指すうえで、もっと自分自身の音を追求して行かなくてはいけない、自分自身の音楽性を、楽曲を生み出して行かなくてはいけないと、強く考えるようになりました。

 折しも、宗次郎さん以外の様々なアーティストの曲を聴くようになり、作編曲やエレクトーンの演奏を本格的に学び、受験勉強が熱を帯びて行く中で、やがて僕は、オカリナを手にとることを辞めました。

<つづく>


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※この時のコンサートのチラシ、チケット、パンフレット。
 このコンサート『風・大地・緑の歌』は、東京、名古屋、大阪の3公演が実施され、東京が4/13、名古屋が4/24、大阪が4/28でした。演奏を担当したオーケストラは、東京が東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団(東京芸術劇場)、名古屋が名古屋フィルハーモニー交響楽団(愛知県芸術劇場)、大阪が大阪センチュリー交響楽団(ザ・シンフォニーホール)で、指揮は3公演とも朝比奈千足さんが担当されました。
 チケットを見ると、座席は1階補I列21番となっています。ちょうど宗次郎さんの正面当たりの座席で、すごくいい席だったのを覚えています。
 実はこのザ・シンフォニーホール。2年後の大阪芸術大学定期演奏会で、自分自身がステージに立つことになり、何かと縁のあるホールとなるのですが、この時はまだ、そのことを知る由はありませんでした。

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※パンフレットには、楽曲解説などが詳しく載っています。岩代太郎さんの直筆譜の一部も!

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※宗次郎さんと岩代太郎さんと朝比奈千足さんの対談・写真も載っています。岩代さん、若い!
 ちょうどこの年、阪神淡路大震災が起こった直後ということもあり、やさしい音楽や力強い音楽で、メッセージを送りたいという意気込みが語られています。

☆この時のコンサートで披露された、伊藤辰雄編曲版『コンドルは飛んで行く』の演奏です。

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宗次郎さんの音楽との出会い~そして、素晴らしき音楽の世界へ<第6話>

「宗次郎さんの音楽との出会い~そして、素晴らしき音楽の世界へ」
<第6話>

 オカリナの演奏は辞めたものの、宗次郎さんのCDは変わらずに愛聴していた僕。

 大阪芸術大学に進学した僕は、オーケストラ音楽や映画音楽を積極的に学ぶようになり、また、雅楽など民族音楽の授業も受け、ミニマル・ミュージックや電子音楽も学びました。

 楽器の方は、アルバイトをして貯めたお金でシンセサイザーを買い、エレクトーンからシンセサイザーの演奏・作曲へと、シフトして行きました。

 オカリナや笛から、すっかり興味が離れてしまっていた僕は、次第に宗次郎さんの音楽も聴かなくなって行きました。

 月日が流れ、大学卒業後も地道に音楽活動を続けていた僕は、シンセサイザーを使い、ヒーリング・ニューエイジミュージックのオリジナル曲を作っては、発表していました。(20世紀の頃とは異なり、今はYouTubeなどで、個人で活動しているミュージシャンが、自分で自由に作品を発表できる、いい時代になったと思います)

 2010年代になり、変わらずシンセサイザーで楽曲制作を続けていましたが、次第に、自分自身の音楽には、何かこう…“核”となるものが、もっと必要なのではないだろうかと自問するようになりました。
 他の人にはない、自分だけにしか表現できない音楽を、さらなるオリジナリティーを模索しました。

 それまではシンセのみのインスト音楽でしたが、新たなスタイルとして、歌を作ることに挑戦し始めました。

 歌と言っても、僕自身が歌うわけではなくて、当時、隆盛を極めていたボーカロイド(歌声合成ソフト:一般的には初音ミクが最も有名)をとり入れた曲作りを行いました。
 ボカロP(ボーカロイド曲制作者)として活動していた間は、ツイッターなどを通じ、同様にボーカロイドの曲作りをされている方々とも交流が生まれ、それなりに楽しい時期を過ごしました。

 それでも、さらに自ら独自の音楽を模索し、追求しました。

 その為に、自らの原点を見つめ直そうと、学生時代に影響を受けた偉大な音楽家のコンサートに行き、生演奏を聴こうと考えました。

 2014年9月には喜多郎さん(愛知県芸術劇場・名古屋公演)、同年12月には久石譲さん(フェスティバルホール・大阪公演)のコンサートに行きました。
 お二人のコンサートは大変素晴らしく、とても感動できました。

 でも、もう一人いる…。
 僕に多大な影響を与えてくれた音楽家が、もう一人いる…。そんな思いにとりつかれました。

 コンサート情報などに目を通す内に、その答えはすぐに見つかりました。

 オカリナ奏者の宗次郎さん!!

 2015年3月に、宗次郎さんが大阪の貝塚市でコンサートをされることを知り、すぐさまチケットを購入しました。
 そして、2015年3月28日土曜日。僕は貝塚市へと向かいました。

 1995年の春以来、実に20年ぶりの、通算4回目の宗次郎さんのコンサートでした。

<つづく>

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プロフィール

アシタツ Ashitatsu

Author:アシタツ Ashitatsu
音楽家:作曲家、ヒーリング・ホイッスル奏者、キーボード奏者

【演奏楽器】
ティン・ホイッスル
ロー・ホイッスル
キーボード・シンセサイザー

1977年生まれ。
大阪府出身・在住。
大阪芸術大学音楽学科卒業。
大学卒業後、癒し系音楽(ヒーリング/ニューエイジ・ミュージック)の作曲活動を行う。
2012~2015年には、ボーカロイドを使った楽曲も制作。

現在、ヒーリング・ホイッスル(ケルト笛のティン・ホイッスル&ロー・ホイッスルによる癒し系音楽)の楽曲制作・演奏などを中心に活動中。

※メッセージ、お問い合わせ、ご依頼等ございましたら、下記メールフォームをどうぞご利用ください。

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